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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1040号 判決 1985年10月28日

控訴人・被控訴人(第一審原告) 興栄信用組合

右代表者代表理事 濱倉太

右訴訟代理人弁護士 小出良政

控訴人(第一審被告) 吉原健三

被控訴人(第一審被告) 笠原茂次

右二名訴訟代理人弁護士 近藤正道

主文

原判決中、控訴人吉原健三に関する部分を取り消す。

被控訴人興栄信用組合の控訴人吉原健三に対する請求を棄却する。

控訴人興栄信用組合の本件控訴を棄却する。

訴訟費用中、控訴人吉原と被控訴人興栄信用組合との間に生じた費用は第一、二審とも同被控訴人の負担とし、控訴人興栄信用組合の控訴にかかる費用は同控訴人の負担とする。

事実

第一、控訴人興栄信用組合(以下、控訴人組合という。)は、被控訴人笠原茂次(以下、被控訴人笠原という。)に対する控訴に関し、「原判決中、被控訴人笠原に関する部分を取り消す。被控訴人笠原は、控訴人組合に対し金五五〇万円及びこれに対する昭和五七年七月三一日から完済まで年一割五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人笠原の負担とする。」との判決並び仮執行の宣言を、控訴人吉原健三(以下、控訴人吉原という。)の控訴に対し、控訴棄却の判決を各求め、控訴人吉原及び被控訴人笠原は、それぞれ主文第一、二項及び主文第三項と同旨の各判決を求めた。

第二、当事者双方の主張は、次のとおり付加・補足するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一、控訴人組合

1. 控訴人組合は、昭和五一年ころから、主債務者坂上哲哉(以下、坂上という。)に対し、合計二〇〇〇万円余の金員を貸し付けていたが、坂上は、昭和五六年二月二日、残金全額を弁済し、その直前、新たな借入れを申し込み、控訴人組合は、同年三月三〇日、橋本健一及び控訴人吉原の連帯保証で本件貸付けをしたが、その後、同年八月一日、橋本健一が脱退して被控訴人笠原が連帯保証人となった。

2. 代理権授与の表示による表見代理

(1)  控訴人吉原の妻ミヤは、昭和五六年三月三〇日付金銭消費貸借契約証書、同年六月二三日付保証書、同年八月一日付保証人加入及び脱退契約証書、同信用組合取引契約書、昭和五六年一〇月一五日付保証書にそれぞれ同控訴人の実印を所持して押捺し、その都度、同控訴人の印鑑証明書を所持し、これを主債務者坂上に交付し、同人は、これを控訴人組合に提出した。

(2)  被控訴人笠原の妻ナツも、昭和五六年八月一日付保証人加入及び脱退契約証書、同保証書、昭和五六年一〇月一五日付保証書にそれぞれ同被控訴人の実印を押捺し、その都度、同被控訴人の印鑑証明書を所持し、これを主債務者坂上に交付し、同人は、これを控訴人組合に提出した。

(3)  右は、被控訴人吉原及び被控訴人笠原が控訴人組合に対し同人らの妻に代理権を授与したことを表示(間接)したものと解すべきである。

3. 権限踰越による表見代理

(1)  基本代理権

イ 控訴人吉原は、長距離の貨物自動車の運転に従事し、長期間、家を留守にすることが多いため、同人の妻に対し日常家事にとどまらず、住宅ローンの返済などについても代理権を与えていた。

しからずとするも、控訴人吉原の妻は、民法七六一条の権限がある。

ロ 被控訴人笠原の妻は、民法七六一条の権限がある。

(2)  代理権ありと信ずべき正当事由の補充

前記のとおり、短期間内に同種類の書類が繰り返し作成され、その都度印鑑証明書が提出されているし、控訴人吉原は、坂上の妻の実弟で、坂上のような企業の信用も物的担保も乏しい零細業者が控訴人組合のような小規模金融機関から融資を受ける場合に、控訴人吉原のような近親者が連帯保証することは極めて通常のことであり、控訴人組合が格別疑いを抱かなかったとしても過失はない。

4. 控訴人吉原の連帯保証の追認についての補充

控訴人組合が昭和五七年六月二二日、来店した主債務者坂上夫婦、連帯保証人控訴人吉原夫婦及び被控訴人笠原の妻に対し割賦金弁済遅滞の状況について説明を求め、債務の弁済を督促した際、控訴人吉原は、同控訴人の連帯保証に関する証書は妻が署名押印したものであるが控訴人吉原本人が責任を負う旨明言した。

そして、坂上が手形不渡を出して所在不明になった後である昭和五七年八月一七日、控訴人吉原夫婦と被控訴人笠原の妻が控訴人組合に来店し、本件債務の弁済について話し合った際も、控訴人吉原から連帯保証債務の責任を争う発言はなかった。

二、控訴人吉原及び被控訴人吉原

当審における控訴人組合の主張事実を否認し、その主張を争う。

第三、証拠<省略>

理由

一、控訴人吉原及び被控訴人笠原による連帯保証契約の締結について

控訴人組合の坂上に対する賃金債権が存在すること、しかしこれにつき控訴人吉原及び被控訴人笠原が本件各連帯保証契約を締結したものと認めることができないことは、原判決理由第二、一及び二、第三、一及び二の説示と同一であるから、これをここに引用する(ただし、原判決四丁表四行目、同丁裏二行目及び六丁裏七行目の「証人」の前に、それぞれ「原審及び当審」と付加し、同四丁裏二行目の「被告」を、「原審及び当審における控訴人」と改め、同五丁裏九行目及び七丁裏七行目の「推認することができない。」を「認めることができない。」と訂正する。)。

二、代理権授与による表見代理について

控訴人組合は、控訴人吉原の妻及び被控訴人笠原の妻がそれぞれ本件各連帯保証契約はじめ各種契約書に夫の実印を押捺し、その都度、夫の印鑑証明書を主債務者坂上に交付し、同人がこれを控訴人組合に提出したから、控訴人吉原及び被控訴人笠原が控訴人組合に対し、右妻らに本件連帯保証契約を締結する代理権を授与したことを表示したものと解すべきであると主張するけれども、右妻らが各種契約書に夫の実印を押捺し、印鑑証明書を交付したのは前記一に引用のとおり、いずれも妻らが夫に無断で行ったことであって、夫婦間のことであっても、控訴人吉原や被控訴人笠原の意思に基づく代理権の授与行為と目すべき行為ではないのであるから、控訴人組合の主張は、採用することができない。

三、権限踰越による表見代理について

控訴人組合主張の基本代理権についての判断に立ち入るまでもなく、吉原ミヤ及び笠原ナツに本件各連帯保証契約を締結する代理権があると控訴人組合が信ずるについて正当事由があるとは認めがたいことは、次のとおり付加するほか原判決の理由第二、三及び第三、三の説示と同一であるから、これをここに引用する(ただし、原判決五丁裏一一行目及び同七丁裏九行目の「証人」及び「同」の前に、それぞれ「原審及び当審」を付加する。)。

前掲各証拠及び引用の認定事実によれば、主債務者坂上が昭和五一年ころから控訴人組合と、かなり取引があったこと、控訴人吉原は、主債務者坂上の妻の実弟で、長距離の貨物自動車の運転手をしていて、留守勝ちであり、自然、吉原ミヤが日常同控訴人を代行することはあったけれども、控訴人組合との関係で控訴人吉原が坂上の連帯保証人となったのは本件が最初であること、被控訴人笠原については、坂上とは何等身分上の関係はなく、坂上が、以前からの連帯保証人橋本健一の代わりとして控訴人組合から保証人の追加を要請されたので、たまたま知合いの笠原ナツに依頼したにすぎないものであることが認められ、これらの事情と連帯保証債務額が七四二万円という高額であることに照らすと、金融機関である控訴人組合が主債務者の坂上から控訴人吉原及び被控訴人笠原の実印が押捺された各種契約書及び印鑑証明書の交付を受けたのみで、たやすくこれが正当になされたものであると信じたことについて正当の事由があるものとは認めることができない。

四、控訴人吉原の追認について

原審及び当審証人久住政寛の証言により成立を認める甲第八号証、同人の同証言中には、控訴人組合の主張に一部沿うかの如き部分はあるけれども、同人、当審証人吉原ミヤの各証言及び原審並びに当審における控訴人吉原本人尋問の結果によると、控訴人吉原は、昭和五七年六月二二日ころ及び八月一七日ころ控訴人組合に出頭した席上でも、控訴人組合に対し本件連帯保証契約は妻が勝手にしたものであると主張し、妻の不始末であるから妻に責任をとらせるなどと述べたことが認められ、控訴人組合からすれば、控訴人吉原の発言を無権代理行為の追認と受け取ったとしても、控訴人吉原に追認による契約責任を負わせるつもりならば、その旨を十分たしかめて改めて念書をとるなど、それなりの確実な手だてを取って置いてしかるべきであるが、そのようなことがなされた形跡はないのみならず、本件貸付残債務額と控訴人吉原の支払能力に照らしても、控訴人吉原において、しかく簡単に債務負担行為を認める状況にはなかったものというべく、以上の証拠関係に照らし、前記久住の証言は措信できず、他に控訴人組合主張の追認の事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、控訴人組合の右主張は認めることができない。

五、してみると、控訴人組合の控訴人吉原及び被控訴人笠原に対する本件各請求は、いずれも理由がなく、これを棄却すべきところ、控訴人吉原に対する請求については右と結論を異にする原判決は不相当であって、取り消しを免れず、控訴人吉原の本件控訴は理由があり、被控訴人笠原に対する請求については右と同旨の原判決は相当であって、控訴人組合の本件控訴は理由がない。

よって、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九五条、九六条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小堀勇 裁判官 時岡泰 山崎健二)

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